なぜネットでは攻撃な感情が増幅するのか

twitterにしろ、他にしろ、なぜ「うざい」とかそういう感情を持つかということをとりわけ最近考えていました。日常でも当たり前のようにこの言葉は使われていますが、一般的にはネット上ではその言葉が増幅していく気がしています。一方で浄化作用もあったりしています。個人的にネット・バーチャルは社会の縮図ではあるとは思いますが、いくつかの要因によって、引き起こされやすい環境にはあると思います。少なくとも、表現することは確実に増幅することが多い。これは東芝クレーマー事件などでも理解されることだと思います。
言葉は人に影響を与える。一方でいい情報よりも悪い情報の方が表現されやすいのも事実です。実際にマーケティングの一般的な見方として、いい情報よりも悪い情報のほうが9倍噂として回りやすいという話もあります。

自分がtwitter上で挨拶を交わす人間なため、なぜそれが怒られることになるのか。人によっては頭がおかしいとまで書いている人がいます。

科学的な立証についてはまだできていないとは思うのですが、とりわけ関係のありそうなものを本からひもときながら考えてみました。分野としては哲学・仏教の分野、心理学の分野、経営学の分野です。いずれも専門でない物ばかりですし、弱い部分も多いと思います。偏りがあるとはおもうので、ここら辺についてコメントをいただければと思います

非常に長くなっていくので少しずつあげていきたいと思います。
全体構成としては次のものをあげていく予定です。

攻撃的であったりすることを否定する物でもありませんし、これからまだまだ進められる研究だと思いますが、様々な分野から

■破壊的な感情とは?
これはダライラマとダニエルゴールマンの著書「なぜ人は破壊的な感情を持つのか」からひも説いてみたいと思います。

■困った人とは
何を持って人はその人のことを「困った人」とみるのでしょうか。その点を小此木啓吾氏の著書からひもといてみたいと思います。

人間力とEQ
EQについてはこころの知能指数といわれたりしています。
感情をうまく使うことによって、前向きに生きていく。これは人間力につながっていくことになります。漠然としすぎている人間力ですが、ここについても考えていきます。

■空気を読むこと
空気を読むと言うことについて、山本七平の研究をベースにひもといていこうと思います。空気を読むこととはどのような分析がされているのでしょうか。

■ネットの行動心理
インターネットでは表現が制限されていきます。その点既存研究ではどのようなことがみられているのでしょうか。いくつかひもときながらみていきます。

ダイバーシティーを考える
経営課題としてあげられているダイバシティー。女性や外国人、民族などについて問題があげられていますが、本質はそこではないと思われます。松村氏のアキバ批判もありましたが、それらを含めて価値観の多様化をどのように考えていくか、捕らえていくかを考えていきたいと思います。

(以上加えたり減らしたり、改変することがあります)